君とボクの初デート。
ボクと透は、所謂幼馴染みだった。家はお隣さんで気付いた時からずっと一緒、誕生日が近かったものだから毎年一緒に祝ったり。幼稚園から今まで、違うクラスになったのは一回か二回しかなかった。高校まで自然と同じ学校を受けて、自然と同じ高校に進学して、当たり前のように同じクラスになったのが今年の四月。
そんなボク達が恋人同士になるのに、特別紆余曲折があったわけでもなく。一週間くらい前にボクが告白して、透はそれをオーケーしてくれたっていうだけだった。
現実は漫画みたいな山も谷もないのです。
以上、回想と説明終了。
「まずは水族館でも行こっか?」
ボク達のいる噴水広場から三十分くらい歩くと水族館がある。
その近くには、比較的大きなショッピングモールがあって、服飾・家具・雑貨に美味しいレストランとなんでもござれなそこは、ボク達御用達のお買い物スポットだった。同時にそれは定番のデートスポットなわけで。第一回のデート場所としては無難な選択だろう。
けど、そんなボクの提案に、透は顔をしかめた。
「また? この前も行ったじゃん水族館」
「あれ、そだっけ?」
「そうだよ。マコが告は――」
「わぁーっ! その先ストーップ!」
忘れてた。そうだよ、確かに先週ボクは透と水族館行きましたよ、アシカショーが始まったって聞いて早速行きましたよ。でもって、その帰りにボクは透に告白したわけで。
ボクとしたことが、透に告白してオーケーもらったってこと以外すっかり忘れてた……。
「うわぁ、折角の初デートだからって気合入れてたのに……」
水族館行って、小洒落たレストランでお昼して、ショッピングして、映画を見て――っていう予定が、最初からパァだ。
「初デートって言っても、普通のデートコースってもう粗方回り尽くした気がするけど」
「う゛……そういえば……」
確かに先週は水族館行ったし、小洒落たレストランで食事もしたこともあったっけ。今までにもショッピングもしたし、映画も見た。勿論二人きりで。
よくよく考えれば、ボク達は恋人同士になる前から、こうして二人で遊びに行くのなんて珍しくなかった。ボク達にとっては、一緒に出掛けるのなんてむしろ当たり前のことだったのだ。
ボクが透に告白する前から、ボク達が付き合ってるって噂はあったらしいし、ボクの告白に対する透の返事だって『今までだって付き合ってたようなもんでしょ? そんな気負わないで、もっと気軽に言っちゃえば良かったのに』だったりするし……。
……もしかして、こんな気合入れてくる必要なかったり?
「まったく……。マコって計画性あるんだかないんだか」
「うぅ、面目ないです」
「いいよ、別に。今に始まったことじゃないしさ」
それはそれでぐさっと来るけど。とはいえ、透の言う通りだったりするので、反論出来なかったりする。
「取り敢えず、そこら辺ぶらぶらしよう」
「ぁ……うん」
ぎゅっと透がボクの手を握ってくる。横顔を見上げると、透は恥ずかしそうに顔を赤らめていた。
……ちょっと悪戯してみたくなってきた。
普通に握りかえしてもいいんだけど、それだけじゃ味気ないので、透を困らせてみようと指を絡めるように握りかえしてみる――お、透の体温がちょっと上がったかも。
「ま、マコ?」
「ほら、ボク達恋人同士だし。こんなのもアリでしょ?」
上目遣いに言ってみる。透は何か言い返そうとしているみたいだったけど、
「……うん」
案の定、了承してくれたのだった。
そんなわけで、ボク達は手を繋いだまま辺りをぶらつくことにした。駅前ということで、この辺りは歩きながら見て回る分には困らないし、少し足を伸ばせばショッピングモールもある。
……まあ。結局の所、ボク達のいつもの散歩コースと変わらなかったりするんだけど。
ただ、一つだけ違うのはボクと透が手を繋いでるってことだけ。たったそれだけのことなんだけど、それだけでいつもとは全く違う。
ボク達は恋人同士なんだなー、ってちょっとだけ幸せな気持ちになる。
いや、やってること自体は変わらないんだけど。
気付けば、ボク達はショッピングモールにまで来ていた。これもいつものことで、映画館や遊園地に行こうとしない限り、自然と足はここに向いてしまうのだ。
休日ということもあって、ショッピングモールは人でごった返していた。なんとなく歩いていたら、人の群に流されて自然とここに来てたっぽい。
「あ、ほら。透、あれ可愛くない?」
ショーウインドウに飾られているワンピースを指差して、透に訊ねる。ワンピースは鮮やかなライトグリーンで、ピンクのインナーとジーンズというコーディネイトでマネキンが着飾っていた。
「確かに可愛いかもしれないけど……似合うかな?」
「似合うと思ったんだけど……あ、そうだ。じゃあ、あそこ入ろうよ。お昼までまだ時間あるしさ」
十時半待ち合わせのはずが二人とも九時半に来てしまったので、あれから少し経ったっていってもまだ――あれ、もう十一時半。
「透、今何時?」
もしかしたら、ボクの時計がずれてるだけかもしれない。けど、
「えーっと……うわ、もう十一時半だ。まだ少ししか経ってない気がしたのに」
残念ながらボクの時計は狂っていなかったらしい。
「今日は時間経つの早いな。じゃあ、あの店で時間潰して、そしたらお昼にしようか」
「だね。まだお昼ご飯にはちょっと早いし。それに――」
目指す店のショーウインドウを見る。ワンピースの隣には、男性物の衣服も飾ってあった。黒いサマージャケットと白いTシャツ、それから穴あきジーンズ。
あの店では、メンズ・ウィメンズを問わずに取り扱っているみたいだし、お互い試着した服を見せ合いっこ、なんていうのも面白いかもしれない。
「いつもボクがやられてばっかりだから、たまには透を着せ替え人形にしてみないと」
すると透は苦笑して、
「……お手柔らかに」
と苦々しげに呟いた。
あれこれと試着と見せ合いっこを楽しんだ頃には随分とお腹が空いていた。時計を見てみると、もう一時近い。
見せ合いっこと言うよりは、ボクがチョイスした服を持たせて、透をフィッティングルームに何度も押し込んだ、って言う方が正しいのかも。実際、ボクがフィッティングルームに入ったのは二、三回だけだったし。
「あー、楽しかった」
人を着せ替え人形にして遊ぶのがこんなに楽しいだなんて思わなかった。透ってばいつもこんな楽しいことやってたんだ。
で、その透はといえば。
「うぅ……。もうお嫁に行けない……」
「うわ、何それ。新手のギャグ?」
新手、と言うには少々使い古された気がしないでもないけど、透が言うってとこがミソ。
出て来たばかりの店で買った服の紙袋を抱えて、透は泣いていた。比喩とかじゃなくて、本当に泣いてたりする。
……自分はいっつもボクを着せ替え人形にして遊んでる癖に。
「透だってけっこー楽しんでた癖に。しっかり一揃え買っちゃってるしさ」
透が抱えている紙袋の中には、上下一揃えが入っている。よく似合ってたし、何より、なんだかんだと言いながらも透も気に入っていた組み合わせだった。
「ほら、いつまでも拗ねてないで。お昼食べに行こうよ、透」
透の手を掴んで引っ張る。
「……次回は覚悟しとくように」
「う……善処します」
運動部なだけあって、透はそこら辺のり切り替えが速い。今だってもう何処のレストランに入ろうかって目を光らせてるし。流石は現役バスケ部員、来年度期待のホープ。切り替えが速くないとやってられないそうな。
ショッピングモールはこの辺有数の娯楽施設なだけあって、フードコートは充実している。ファーストフードからちょっと値段の張るレストラン、普通のファミレスなどなど。勿論喫茶店とかもあるし、最近誘致されたっていう話題の所なんかもあったりする。
だから、透が迷うのも無理はないんだけど……。
「透。だらしないから、涎垂らすのだけはやめなさい」
「すみません……」
普段はきりっとしてるのに、何故だか食べ物が絡むと透はだらしなくなる。
そんな透の一面を知ってるのがボクだけだって思うと、少し嬉しい。
……この前まではそんなコト思わなかったのに。恋人同士っていう肩書きは、かなりのパワーを持ってるのかも。
「で、どこ入る? 透の好きなとこでいいけど」
と言うよりも、ボクが勝手に決めたら、透が暴走しかねない。食べ物の恨みは怖いのだーって――それはちょっと違うかな?
「中華もいいけど先週入ったし、イタリアンもいいけど、こっちの定食屋さんも美味しそうだし……」
うんうん唸りながら、透はフードコートの店舗案内の立て看板と睨めっこしている。
このフードコートには色々な店があるし、結構美味しい店が揃ってるから、透の気持ちもわからないではないんだけど。
「あのさ、マコ――」
「――却下」
「うわ、まだ何も言ってないのにっ」
どうせ、全部まわっちゃ駄目? とかって言い出すに決まってるんだから。
透は身長は高いけど、横幅が特別あるわけじゃない。あのすらっとした体の一体どこに大量の食物が収まるのやら。
「……透。このやりとり、確か先週もしたよね?」
ちなみに先々週もしたし、そのもう一つ前の週にもやってたりする。
……今更だけど、ボク達って本当に毎週一緒に遊んでたんだって実感した。
「だって、美味しそうなんだもん……」
目に涙を溜めながら、潤んだ瞳で上目遣いにボクを見つめて言う。かなりの身長差があるので、透は頑張って腰を折っていた。
「可愛く言っても無駄。さっさと一つに絞る」
はぁ、と溜息を一つ。いつもはしゃきっとして格好いい癖に、どうして食べ物が絡むとこんなにだらしなくなるかなぁ……。
立て看板と睨めっこを続ける透を見て、ボクはもう一度溜息を吐いた。
結局、お昼ご飯は無難にイタリアンレストランということになった。
ボクは茸のリゾットだけなのに対し透は、ペスカトーレ、チーズリゾット、マルゲリータピッツァという大攻勢。や、流石にピザは一切れもらったけど(というより、一切れしかくれなかった)。
……こんなに食べても全然太らないっていうのは、生命の神秘かもしれない。
「あー、美味しかった。やっぱりここは最高だね」
食後の珈琲をすすりながら、満足そうに透は言った。
お手頃なお値段で味も良好。お手ごろ価格、ってことは、同じ出費でよそよりも沢山食べられる、ってわけで。食いしん坊万歳な透としては、最高のお店らしい。
……お店側としても、透みたいに沢山食べて沢山お金を使ってくれるお客は最高なんだろうなぁ、とか思ったり。
「あ、ごめん。ちょっとトイレ」
そう言って、透は席を立った。行ってらっしゃい、と食後の珈琲をちびちび飲みながらそれを見送る。
ふぅ、と小さく溜息。財布の中身を確認してみる。ひの、ふの、み……うん、なんとか大丈夫。午後もたっぷり遊べそうだ。
ゲームセンター、カラオケ、ボーリングに映画。特別な催し物はない時期でも、このショッピングモールの中だけで娯楽は一通り揃ってるので、午後の遊び方はいくらでもある。なんなら、午前中みたいに透を着せ替え人形にしてもいいんだし――とかなんとか思ってると、ぬっ、と不意に影が差した。
「あれ、早かったね。おかえ――あり?」
顔を上げると、そこにいたのは透じゃなかった。
茶髪に染めた、如何にも軽薄そうな男二人組。耳にこれでもか、ってくらい大きなピアスをしてる。所謂遊び人、って格好の人達だ。
「ねえ君、暇なら俺達と遊びに行かない?」
背の低い、筋肉質な方の男が言った。これってもしかして――。
「結構です。色んな意味で」
「そんなコト言わないでさぁ。絶対楽しいって」
そう言って背の高い細身の男がボクの肩に置いてきた手を振り払う。
こんなむさ苦しいのと一緒にいたって楽しいはずないし。そもそも、こんなのにナンパされたって嬉しくないぞ、ボクは。
「悪いんですけど、これでも恋人と一緒に来てるん――」
「――マコぉ〜」
噂をすれば。
情けない悲鳴をあげてる透の方に目をやってみると、そこには案の定と言うかなんと言うか、女の子に迫られて困ってる透がいた。
透に迫ってる女の子も、ボクに迫ってる男に負けず劣らず軽薄そうな格好をしている。
「透ー、そんなとこで油売ってないで、こっちも助けてー」
「……棒読みかよ」
むぅ。軽薄そうな男その二に突っ込まれた。
「そんなコト言ったって、こっちも困ってるんだってば。マコだってそういうのいい加減慣れてるんだから、さっさと追っ払っちゃいなよ。
……あ、そういう訳だから。お断りね」
透はひらひらと手を振って、くっついてきていた女の子を追っ払う。追い払われた女の子は、彼女持ちかよー、とか、時間損したー、とか口々に言いたい放題だけど、透も慣れたもので、はいはい、とか言いながら聞き流していたりする。
……なんか、微妙に気になる台詞があった気がするけど。
「そういう訳なんで、こっちもナンパはお断りです」
今に始まったコトじゃないけど、お互い苦労するなぁ……。と言っても、全く嬉しくなかったりするんだけど。
見ず知らずの相手からナンパされたって、むしろ迷惑なくらいだ。人によっては贅沢な悩みだとかって思うのかもしれないけど、その人がボクや透と同じ立場だったりしたら、間違いなく嬉しくないし、迷惑に思うに違いないのだ。
「なんだよ、コブ付きかよ」
「ツイてねえなぁ。次行こうぜ、次」
軽薄そうな男二人組は舌打ち混じりにどこかへ歩いて行った。
「苦労するね、お互い」
透の言葉に頷きつつ、冷めた珈琲の残りを一気に飲み込んだ。
……苦い。
お昼ご飯の後は、また少しぶらつこう、という話になった。取り敢えずの目的地は近くの公園。今日みたいな休日なんかはクレープの屋台が出てたりして、天気のいい日は絶好のお散歩スポットだったりする。
同時に、ボク達の住んでる場所の近くではこの辺りしかデートスポットなんて物は存在していなかったりするというのもまた事実。
そんな公園だから、ボク達みたいなカップルもごろごろいるわけで。それで以て、そんな場所だから知り合いと出くわす可能性も少なくない。
……まあ。要するに、知り合いと出くわしたわけだったりするんだけど。
「あ、薫さん」
最初に柊薫――要するにボクの姉さんだ――を見付けたのは、透だった。向こうも気付いたようで、こちらに向かって歩いてくる。
姉さんは、茶髪の男の人と手を繋いでいた。身長は透よりも高くて、健康的に肌が日焼けしている。
「こんにちは。二人もデート?」
うわ、白々しい。ボクの相談乗ってくれたと思ったら、相談料とか言ってお金ふんだくったりした癖に。姉さんはちらりと一瞬だけこっちを見て、にやりと笑った。
ボクと透が幼馴染みなんだから、当然姉さんと透も幼馴染みだ。そして、ボクと透がつきあい始めたことを最初に報告した相手も姉さんだったりする。ちなみに、『今更?』って言葉が返ってきたんだけど。
「そう言う薫さんもですか?」
「まぁね」
どうも、と一応姉さんの彼氏には会釈しておく。
姉さんの彼氏は何度かウチに来たこともあって、ボクとは一応顔見知りだ。一応、程度にしか面識はないんだけど。
「悪いけど、ちょっとマコちゃん借りるわね」
「あ、はい。どうぞ」
「ちょ、ちょっと……。こら、透! 姉さんも人を物みたいに勝手に貸し借りしないの!」
けれどそこは姉さん、ボクの言葉になんか聞く耳持つはずもなく。がしっ、と人の襟首を掴むと、ずるずると引っ張っていく。
これ以上の抵抗は無駄らしい。諦めて、ボクは姉さんに従うことにした。
姉さんに引っ張って来られたのは、透達から十メートル程離れたベンチだった。人通りが多いので、あまり大声で話さなければ二人には聞こえなさそうだ。
「……それで。何さ、姉さん。折角の初デートなんだから邪魔しないでよ」
「あら、色々と相談乗ってあげたっていうのに、どの口がそんなこと言うのかしらー」
そう言うと、姉さんはボクのほっぺをつまんで、ぐにぐにと動かし始めた。
「い、いひゃいっ。いひゃいっへは! ははひへほっ!」
「んー? 聞こえないわねー。言わなきゃいけない言葉が聞こえてこないなー?」
うりうり、とか言いながら、姉さんは楽しそうにボクのほっぺをつねり続けている。うぅ、この外道め……。
「ご、ごへんはひゃい……」
「ん、よろしい」
僕が謝ると、姉さんは満足したのか、やっと手を離してくれた。
まだひりひりするほっぺをさすりながら、姉さんを睨み付け――ようと思ったけど、後が怖いのでやめておく。柊家のヒエラルキーは年功序列なのだ。
「マコちゃんってば、いつからお姉ちゃんに逆らうようになっちゃったのかしら。お姉ちゃん悲しいわ」
よよよ、と姉さんはわざとらしく嘘泣きを披露してくれた。
「はいはい、ごめんってば。ボクが悪かったから泣かないでよ」
スルーするのが一番平和な気がするけど、スルーしたらしたで後が怖い。色々と負い目があるだけに、姉さんには逆らえない。柊家のヒエラルキーは絶対なのだ。下克上なんて許されない。
「仕方ないわね、許してあげる」
自分の優位を確認して満足したのか、姉さんは打って変わって満面の笑顔だった。嘘泣きだとはわかっていたんだけど、こうも変わり身が早いと、流石に殺意が芽生えないこともなかったり。
「それより、早く用件言ってよ。姉さんだって彼氏待たせとくわけにもいかないでしょ」
勿論ボクだってよくない。さっきも姉さんに言った通り、折角の初デートなんだからこんなところで油売ったりなんて、本当はしたくないのに。
「ああ、大丈夫、大丈夫。あたしとトモ君はずっとラブラブだから。付き合って一週間の出来立てカップルとは年期が違うのよ」
姉さんと姉さんの彼氏ことトモ君は、付き合ってもう三ヶ月になる。知り合ってから一ヶ月で付き合い始めたとかって言ってたっけ。中には一ヶ月と保たずに分かれるカップルもいるくらいだから、まあまあ長く続いている方なのかもしれない。
「ボクと透なんて、一緒に過ごして十六年目だけどね」
ぴきり、と空気が凍った。
……まずい。地雷踏んだかも。
「んー? そんな生意気なコト言うのはどの口かなー?」
さっきとは比べ物にならないくらいの力でほっぺをつねられ、ぐいぐいと引っ張られる。勿論手加減なんて皆無だ。口は笑ってるけど、目が笑ってない。
「い、いひゃい! はかは、いひゃいっへはっ!」
必至の訴えを聞き入れてくれたのか、姉さんはやっと手を離してくれたけど、さっき以上にほっぺがヒリヒリする。こっちはこんなに痛がってるっていうのに、姉さんはやたらと楽しそうだ。
このサディストめ……。
「全く……。十六年一緒にいて、あたしが協力してあげなきゃ告白出来なかったチキンの癖に」
「う゛……」
それを言われると痛い。
実を言えば、ボクが透を好きになったのは最近のコトでもなんでもなく、中学に入学した頃から、透のことは好きだった。透がそれを知ってたかどうかはわからないけど、先週までみたいに二人で遊びに行ったりするのは、ボクにとって一番の楽しみだったのだ。
今週もこうして遊んだりしてるわけだけど、先週までとは意味合いが全く違う。何しろ、デートだし。幼馴染みが一緒に出掛けるっていうのと恋人同士がデートに行くっていうのとじゃ、天と地程の差があるのだ。
「その調子じゃ、まだキスもしてないんでしょ、あなた達」
「き、キス!?」
一体突然何を言い出しやがりますかこの人は。
「やっぱりまだなのね」
はぁ、と姉さんはこれ見よがしにでっかい溜息を吐いた。
「ほ、ほら。ボク達まだ付き合い始めて一週間だし……」
そういうのは、もう少し時間が経ってからじゃないと、うん。今だってまだ幼馴染みの延長みたいな状態なんだし、そういうのはもっと恋人っぽくなってからというかなんというか……。けど、
「――甘い。甘いわよ、マコちゃん」
姉さんはそう力説して、ボクの言葉を一蹴した。
「甘いって、何がどう甘いのさ」
ぐっ、と力強く握り拳を作って、
「あたし達なんて、付き合って三日で最後まで行ったわよっ!」
とんでもないコトをのたまった。
……右見て、左見て、前を見て、もう一度右。うん、皆さん遠巻きにボク達を眺めていらっしゃる。この公園が家族連れよりもカップルで賑わう場所だったことと、学校の知り合いがいなかったのは不幸中の幸いかもしれない。
トモさんもすっごい恥ずかしそうだし。ちなみに我が姉は自分の爆弾発言に気付いていない模様。それどころかむしろ、いいコト言った、みたいに清々しそうな表情を浮かべていたりする。
あんなのが血の繋がった姉かと思うと……。
……何はともあれ、逃げるとしたら今しかない。
ちらりと姉さんを見てみる。相変わらず自分に酔ってる模様。これなら多分大丈夫。抜き足差し足姉さんから離れて、透達の所へ。
「トモさん、アレの後処理頼みました!」
「えっ? ちょ、ちょっと待った、アレは無理!」
困ったように言うトモさんに片手を挙げて謝りながら、透の腕を掴んで全力疾走開始。
――ごめんなさいトモさん、けどアレはボクには無理なんです、手に負えないんです。彼氏なんだから頑張って。身内なんだからって言い分はナシです。
心の中で謝りながら、ボクは全力で走っていた。家に帰ったら折檻は間違いないけど、デートの時間は貴重なのだ。初デートを満喫するためなら、折檻くらい。
気付けば、ボクが透に引っ張られる格好になっていた。
透に引っ張られて辿り着いたのは、水族館前の広場だった。
「はぁ、はあ……。もー駄目。これ以上は、走れ、ない……」
殆ど二キロ近く全力疾走した所為で、足はガクガクだった。喉は干上がっていて、肺が張り裂けそう。
「大丈夫? マコは普段運動しないからそうなるんだよ」
「バスケ部期待のホープと一緒にしないでよ……」
運動部で鍛えてる透とボクとじゃ、そもそも体のつくりが違うんだから。
透に支えてもらって、なんとかベンチに座り込む。もう一歩も動けない。って言うか、動きたくない。
「仕方ないなぁ……。何か飲み物でも買ってくるから、そこで待ってて」
「おねがーい」
くてーっ、と背もたれにもたれ掛かりながら答えると、すぐ戻ってくるから、と苦笑しながら言って、透は小走りに駆けていった。流石は運動部、ボクとは大違いだ。あれだけ走ったっていうのに。
「うわ、心臓バクバクする……」
マラソンなんて体育でしかやったことないからなぁ……。透の言う通り、少しは運動しないとまずいかも。透は体動かすの好きだし、体力付けないと一緒に遊ぶ選択肢が減っちゃうから。
しばらくして、透が二本の缶ジュースを持って戻ってきた。その頃にはボクの呼吸も落ち着いていて、今は喉がカラカラだったので、少しでも早く何か飲みたかった。
「はい、お待たせ。どっちがいい?」
「どっちでもいいよ。透が買ってきてくれたんだし、好きな方選んで」
「じゃ、こっちね」
左手に握っていた方の缶を差し出してくる。走って火照った体に、冷たい缶の感触が心地良かった。
「それじゃ、いただきまーす」
プルトップを起こすと、カシュ、と小気味よい音がした。冷たさの所為で白い湯気みたいなのが見える。それじゃあ一口、と思って缶に口を付けて、
「ぶっ!?」
盛大に噴き出した。
「マコ!?」
隣で同じようにスポーツドリンクを飲んでた透が、目を丸くしてるけど、ボクはそれどころじゃなかった。
「〜〜〜ッ! あ――ひ。あ゛、甘ぁぁあ゛っ!?」
甘い。ひたすらに甘い。そりゃもう、口から火を吐きそうになるくらいに甘い。
甘味と甘味が合体事故の末に奇跡の化学反応を起こしてた味覚破壊の最終兵器。毒物なんか使ってないはずなのに、外道的な甘さの所為で、甘いのの苦手な人なら間違いなく即死確定。
舌の先から脳天まで、爆弾みたいな甘さが突き抜けて、舌が引っこ抜かれるかと思った。ていうか、甘味以外の味がない。
「あ、ひぁ――ふぇ……」
駄目、喋れない。口の中が甘さで一杯で、ちょっと舌を動かしたら誤爆する。
「マコ、大丈夫……?」
心配そうに透がボクの顔を覗き込んでくる。でも、ボクには首を横に振ることしか出来なかった。
ふと、透が手に持ったスポーツドリンクが目に留まった。
「んー! 〜〜〜ッ……!」
「あ、ちょっ……」
透の手からスポーツドリンクの缶を強奪して、一気に口の中に流し込む。口の中は甘味だけで一杯なので、味は殆ど何も感じなかった。
「ふぇ……」
半分ちょっと飲み干したところで一息。うぅ、まだ口の中が甘ったるい……。
透は一体何を買ってきたって言うんだろう。そう思って缶のラベルを眺めてみる。
“濃縮非還元・スウィートデラックス”……何このふざけたネーミングセンス。って言うか、濃縮非還元って何さ。普通、濃縮したら還元するものだよね?
もう一口スポーツドリンクを飲む。けっこーこれも甘いはずなんだけど、全く甘さを感じなかった。
「大丈夫、マコ?」
「なんとか……。透、なんでこんなの買ってきたの?」
こんないかにも危険なネーミングの飲み物――いや、これを飲み物って呼んじゃいけない。こんな愉快型味覚破壊兵器は飲み物なんかじゃない。
自動販売機なんだからもっと種類はあるはずなのに、わざわざこんな地雷確定なアイテムを買ってくるなんて、ちょっとした冒険じゃ済まない。
「前飲んだら、けっこー美味しかったから」
……なんですと?
美味しい? この暗殺者が喜んで買っていきそうな甘味の塊が、美味しい? 一本飲んだら糖尿病確定のこんな糖分の塊が、美味しい?
「やっぱ、運動の後は甘い物が一番だよね」
ぐびり、と透は本当に美味しそうに“濃縮非還元・スウィートデラックス”を飲んでいた。
……忘れてた。透は甘党だったのだ。それも重度の。ボクだって甘い物は普通に好きだけど、透の場合はコンデンスミルクをチューブから吸えるくらいに甘い物が大好きなのだ。
それにしたって限度があると思う。少し口に含んだだけで、ボクなんかまだ胸焼けするっていうのに。
うぅ、思い出したらまた気持ち悪くなってきた。
ちびちびスポーツドリンクを飲みながら、横目で透を見る。甘味の塊を飲み下す透はご満悦みたい。そんなにそっちが好きなら、最初からそっちを選べばよかったのに――あれ?
最初はこっちのスポーツドリンクを透が飲んだんだよね。それでもって、ボクは“濃縮非還元以下略”を飲んだわけで。
……状況を整理しよう。
透が飲んだスポーツドリンクをボクが飲んで。ボクが飲んだ“濃縮非還元以下略”を透が飲んで。
それってつまり――か、間接キスっ!?
ボクが口付けたのに透が口を付けて、透が口付けたのにボクが口を付けて。完全無欠に間接キスだ。
一気に顔が熱くなってきた。さっき姉さんがあんなコト言うから、余計に間接キスっていうのを意識してしまう。
どうしても視線が透の唇に向かう。そのたびに顔が熱くなって視線を逸らすんだけど、気付くとまた透の唇を見てる――と、突然透と目が合った。
「どしたの、マコ? さっきからこっち見て。飲む?」
“濃縮非還元以下略”をこっちに差し出しながら微笑む透。ちょっとドキッとしながら、慌てて首を横に振る。
缶さえなければいい雰囲気かもしれないのに……。
まあ、この“濃縮非還元以下略”がなかったら、こんな事態に陥ることはそもそもなかったワケで。感謝していいやら、恨んでいいやら――取り敢えず、あの絶望的な味は恨んでおこう。
「それよりマコ、これからどうする?」
“濃縮非還元以下略”を満足そうに飲み干した透が言った。運動部ってカロリーそんなに摂取して大丈夫なんだっけ。……まあ、あの体型維持してる透の場合、そんなの関係なさそうなんだけど。
「モールの中戻る――のはやめて、絶対」
姉さんがいるから。見つかったら大変なことになる。デートの時間全て費やして、説教という名目の折檻が始まるから。勿論、家に帰っても継続。
「じゃ、どうしよっか……また水族館行ってみる?」
そう言って、透は水族館に視線を向けた。まだ二時過ぎくらいなので、閉館時間まではまだまだ余裕がある。水族館の入場券売り場には、ボク達と同じようなカップルが何組か列をなしていた。
水族館っていうのは悪くないかもしれない。確かに先週も行ったけれど、その時はアシカショー目当てで、他の魚や動物はあまり見られなかったし。
「今度はゆっくり色々見てみよっか」
スポーツドリンクを飲み干して、缶をごみ箱に放り込む。
幼馴染みとして水族館に行くのと恋人同士として水族館に行くのとじゃ、多分見え方も全然違うだろうし。
ベンチから立ち上がると、透が手を差し出してくる。指を絡めるようにして握った透の手は温かかった。
頭の上を、銀色に光るお腹を見せながら魚の群が泳いでいる。
透明なチューブみたいな通路を透と手を繋ぎながら歩いて行く。この前来た時は殆ど見なかったのだけれど、こうしてゆっくり見てみると、大小様々な魚が透き通った水の中を悠々と泳いでいて面白い。明らかに鮫っぽい魚と小さな魚が一緒に泳いでたりするけど大丈夫なんだろうか。
まあ、飼育員さんがたっぷり餌をあげてれば平気なんだろうけど。
そのまま、二人でゆっくりと館内を見て回った。先週来た時はなんでもなかったのに、今日はどの水槽を見ていても凄く楽しい。
キラキラと光る小さな魚の群、よちよち歩くペンギン、チューブの上を泳いでいく大きな鮫、色取り取りの熱帯魚。冷静になって考えてみれば多分面白くもなんともない光景。ただ泳いでいる魚を眺めているだけなんだから。
けど、どうしてだろう。凄く楽しい。透の温もり、透の声、透の笑顔。今までだって透とずっと一緒だったのに、ボクはなんて現金なんだろう。自然と頬が緩んでにやけてしまう。
凄く、楽しい。今までで、きっと一番。
ゆっくり歩いていたって、水族館の広さには限界があるわけで。二時間も経たない内に、ボク達は水族館を一周してしまった。テレビに取り上げられたりするような大きな水族館じゃないから、当然と言えば当然かもしれない。
「もう一周する?」
問い掛けてくる透に、ボクは首を横に振った。
「ううん。ゆっくり見れたし。そろそろ出よう」
「そうだね。あ、ちょっと売店寄ってこ」
楽しそうな笑顔を浮かべて、透がボクを引っ張っていく。なんだかボクも楽しくなって、歩調を速めた。
売店では、ちょっと高めのお菓子や飲み物、それからペンギンやイルカの形をしたぬいぐるみなんかが売っていた。水槽やプールにはいないのに、シャチや鯨のぬいぐるみなんかもあったりする。
「あ、これ可愛いかも」
ボクの目に留まったのは、デフォルメされた提灯アンコウのぬいぐるみだった。提灯の部分には蛍光塗料が塗られている辺り、無駄に手が込んでいたりする。
「確かに。ちょっと不細工だけど」
「そーいうコト言わないの」
ごめんごめん、と透は笑う。
……まあ。透の言う通り、確かに不細工ではあるんだけど。今流行りのキモカワイイってヤツだと思えばいいのかもしれない。うん、そう思うことにしよう。
「すみません、これください」
「かしこまりました」
初デートの想い出として、それを買うことにした。
ぬいぐるみの入ったビニール袋片手に水族館を出た頃には、もう日が傾き始めていた。時計を見てみると、もう五時を回っている。今日はつくづく時間が経つのが早い。まだまだ時間があると思ったのに。
「どうしよっか。これから映画でも見に行く?」
「この時間だとちょっと際どいかな……。取り敢えず映画館に行ってみて、丁度良い時間だったら見よう」
さっきの公園とこの水族館は、丁度映画館を挟んで正反対にある。だから、映画館まではここから大体一キロ。歩いて大体十分くらいだろうか。
ショッピングモールの中を通るのは、少しだけ怖かった。もしかしたら姉さんに出くわすかもしれない。そうなったら――いや、想像するのはやめよう。楽しい時間に嫌なことを考えるのは間違ってる。
「大丈夫、薫さんだってもう諦めてるよ」
「……だと、いいんだけど」
ボクの不安を察したのか、繋いだ手に少しだけ力を込めて透は笑いかけてくれた。
けど、透は知らない。姉さんがどれだけ危険かってこと、姉さんがどれだけ執念深いかってことを。
駄目だ駄目だ、帰ってからのことは考えない! 今は透とのデートを思いっ切り楽しまないと。姉さんのことなんか考えちゃ駄目だってば。
「マコって本当に薫さんのコト好きなんだね。なんか妬けちゃうかも」
「……笑えない冗談はやめてよ、透……」
さも楽しそうに透が笑う。それがちょっと癪に障って、繋いだ手を思いっ切り握ってやる。
「あはは、ごめんごめん」
反省なんか全くしてない、って様子で透は言った。
溜息を一つ。それでも許せちゃうのは、惚れた弱みなのかもしれない。
すっかり日の暮れた夜道を、手を繋ぎながら歩く。
ボク達が映画館に着いた時には、どれも上映が始まってしまっていて、残念ながら映画を見ることは出来なかった。
本当なら感動的な恋愛映画でも見てる予定だったんだけど。まあ、計画なんて待ち合わせの時間からして崩れてるんだし、文句は言えないし、そんなに残念だとも思っていなかった。
……本当のコトを言うと、来週見に行こう、って約束したからだったりするんだけど。
帰り道にショッピングモールの外れで買ったアイスを舐める。ボクはストロベリーチーズケーキとチョコチップのダブル、透はラムレーズンとクッキーアンドクリーム、それからバニラのトリプル。ボクはまだ途中なのに、ボクより大きいのを買ったはずの透はもうとっくに食べ終わっていた。
物欲しそうな顔で透はボクを――というより、ボクの手の中のアイスを見つめている。試しにアイスを上下させてみると、透の視線もつられるように動く。ちょっと面白いかも。
「仕方ないなぁ、一口だけだからね」
「ありがと。だからマコのこと好きだよ」
「現金なんだから……」
満面の笑みで透はアイスにかじり付いた。おいし、と満足そうに言う。アイス一口でこんなに幸せそうな顔をするなんて、ボクの知る限りじゃ透くらいだった。
その後も他愛もない話をしながら歩いていると、やがてデートの終点――ボク達の家へと着いてしまった。お隣さん同士と言っても、住んでいる家は別々だ。
アイスのコーンを口の中に詰め込んで飲み込む。
どちらも、家に入ろうとはしなかった。今までにだって何度も二人で遊びに行ったことはあるのに、こんなに名残惜しく感じるのは初めてだった。
手を繋いだまま、二人して家を見上げている。星空が綺麗だった。
「あ。マコ、口の所にアイス付いてるよ」
「え、どこ?」
舌を伸ばしてみるけど、どこに付いてるのかわからないので、全く取れない。
「ほら、取ってあげるから」
そう言って透は繋いでいた手を放した。
「ぁ……」
思わず声をあげてしまったボクを、透は微笑みながら見ている。ちょっとだけ悔しい。何故か負けた気分。
ポケットからハンカチを取り出すと、
「ちょっと上向いて」
言いながら透はボクの顎を引っ張るようにして持ち上げ、
――次の瞬間、唇に柔らかい感触があった。
視界一杯に透の顔が映っている。一瞬何が起こったのかわからなくなって、頭の中が真っ白になった。思考がフリーズする。
すぐに透は顔を離した。
「はい、取れた。ごちそうさま」
悪戯っぽく笑った顔が少しだけ赤く染まっている。今のごちそうさまは、アイスのことなのか、それとも……なんていう取り留めのないことを、胡乱な頭で考えていた。
「じゃあね、マコ。また明日」
それだけ言い残して、透は自分の家の中へと入っていってしまった。心なしか早い歩調で。
そしてボクは、一人家の前の道に立ったまま硬直していた。指で唇をなぞってみる。少しだけ湿り気を帯びていた。
「……奪われちゃった」
ボクにはそれくらいしか口にすることが出来なかった。
◇
そして、初デートの翌週。ボク達は、第二回のデートの待ち合わせをしていた。
駅前噴水広場、時計の下で十時集合。先週と全く同じ場所、同じ時間。だからボクも、九時半にここに来ていた。
数分もしない内に、鮮やかなライトグリーンのワンピースにピンクのインナーを着て待ち人がやって来た。
先週と全く同じ待ち合わせ場所で、先週と全く同じ約束三十分前。
それは、なんでもない、けれどとても幸せな一日の幕開け。
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